物語のなかの集合住宅:第9回『スパニッシュ・アパートメント』――結論が出た

 

男女数人の飲み会に放り込めば、一晩じゅうでも議論が盛り上がる2大恋愛テーマというものがある。ひとつは「男女の間に友情は成立するか?」。もうひとつは「遠距離恋愛は成立するか?」だ。

前者については、『恋人たちの予感』(1989)という超傑作ラブコメ映画が正解を出しているので、ぜひご覧いただきたい。そして後者の正解を、それほどわかりやすくないかたちで提示しているのが、本作『スパニッシュ・アパートメント』(2002)だ。

ヨーロッパ各国から集まった男女の学生たちが、バルセロナのアパートでルームシェアする青春物語である。主人公は25歳の大学院生男子、グザヴィエ。フランス人だ。彼のルームメイトはイタリア人、ドイツ人、デンマーク人、イギリス人、スペイン人、ベルギー人と幅広い。

グザヴィエは、フランスにかなり美人の恋人がいる。にもかかわらず、空港で知り合った精神科医の妻と不倫関係を結ぶ。また、レズビアンのルームメイトであるイザベルに(恋人に対してよりも、ずっとあけっぴろげに)胸の内を打ち明ける。ただ、映画のなかでグザヴィエは、ことさらプレイボーイにも浮気症にも描かれていない。どちらかというと生真面目な青年だ。それがなぜ、こんなことになってしまうのか。

答えは簡単。グザヴィエは恋人より彼女たちと過ごしている時間のほうが長いからだ。不倫相手の人妻とは、多忙な夫からの「妻を連れだしてくれ」という依頼によって、デートさながらに日々バルセロナを観光する。イザベラはいうまでもない。同室で寝起きし、キッチンでだべり、大学に行き、飲みに行って騒ぐ。文字通り寝食を共にしている。

人は、直近でもっとも長く一緒に過ごしている人と、もっとも通じ合い、もっとも惹かれ、もっとも密な関係を結ぶ。ここでのポイントは“直近で”。過去にパートナーと過ごしたどんなにプレシャスな(笑)時間も、直近の経験に上書きされてしまう。

直近の経験はドラマチックである必要もない。実際、グザヴィエのアパートでも、たいした事件は起こらない。そして、直近の経験は人種や国籍や母国語、文化や習慣の違いを完全に超えて作用する。

「会えない時間が愛を育む」なんて、バブル期に鉄道会社と広告代理店がついた壮大な嘘である。そもそも「遠距離」と「恋愛」は共存できる性質のものではない。語義矛盾もはなはだしい。「とれたての干物」や「処女懐胎」と同じ。論理的におかしい、もしくは神がかった奇跡レベルでしか成立しない。

結論が出た。遠距離恋愛は成立しない。人は、話したいとき、抱きしめたいとき、今目の前にいる人間を大切な相手だと感じる。

身も蓋もない結論だとお思いだろうか? だが、もし人が直近の経験によって過去の時間を上書きすることができなければ、転職にも、引っ越しにも、結婚にも踏み切れない。いずれも、今まで慣れ親しんだ過去の環境を捨てる行為だからだ。

いっぽう、昨今の晩婚化傾向のなかで、若者から「結婚して家庭をつくるメリットを見いだせない」という声をよく聞く。彼らの言い分はこうだ。

「結婚して子供を設ければ、独り身のときよりも使える金が大幅に減る。養う家族が多ければ多いほど、自分の衣食住レベルは落とさなければならない。子供がいなくても、パートナーの手前、友達と夜通し騒いだり、自分だけの時間を好きなだけ確保することもできなくなる。生活サイクルを相手のペースに合わせる必要もある。デメリットだらけだ」

過去を上書きすることを恐れると、こういう発想から抜け出せない。そして、結婚のメリットを見いだせないと主張する人間に限って、相手が目の前にいない状態(遠距離)でも、恋愛が成立すると思い込んでいる。だから炎上承知で2つめの結論を出し、筆を置こう。

「遠距離恋愛を信じている相手とは、結婚しないほうがいい」

 

Photo by rolands.lakis
『スパニッシュ・アパートメント』(2002年・仏/西)
監督:セドリック・クラピッシュ
出演:ロマン・デュリス、ジュディット・ゴドレーシュ

 


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稲田 豊史
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD雑誌編集長、書籍編集者を経てフリー。主な分野は映画、お笑い、ポップカルチャー。編集担当書籍に「団地団 ~ベランダから見渡す映画論~」「人生で大切なことは全部フジテレビで学んだ」「全方位型お笑いマガジン コメ旬」「『おもしろい』映画と『つまらない』映画の見分け方」「『ぴあ』の時代」「成熟という檻 『魔法少女まどか☆マギカ』論」「特撮ヒーロー番組のつくりかた」などがある。URL

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