物語のなかの集合住宅:第3回『アパートの鍵貸します』――なぜ、その家賃で住めるのか

 

ロマンチックコメディー映画の名作『アパートの鍵貸します』が製作されたのは1960年。アメリカの国内経済が史上空前の成長を遂げた、要は超ノリノリだった時期である。人々の所得がどんどん増え、生活水準は飛躍的に向上。大都市の就業人口が激増するとともに、スーツをまとったホワイトカラーの数も一気に増えた。テレビや洗濯機、掃除機などをはじめとした電化製品が一般家庭に普及して、大衆消費社会バンザイ! 豊かな生活バンザイ! と世界中に喧伝されていったのもこのあたりだ。

『アパートの鍵貸します』の主人公バド(ジャック・レモン)は、ニューヨークの保険調査会社で働く独身のサラリーマン。自分のアパートの部屋を、会社のお偉いさんたちの浮気場所として日替わり提供して、小ずるい点数稼ぎに励む毎日だ。

そんななか、冒頭のナレーションから得られる情報が、なかなか興味深い。

 ・入社3年目のバドの給料は週給94ドル70セント
 ・バドのアパートの家賃は月85ドル

週給94ドル70セントといえば、月給換算で430ドルくらい。その現在価値を、米国における1960年前後と現在との物価差から推測してみよう。調べてみると、牛乳の価格は3〜4倍、卵は5〜6倍、キャンベルのトマトスープ缶は約10倍、牛ひき肉は約14倍になっているそうだ。少し幅があるが、えいやと間をとって8倍とすれば、430ドル×8倍=3440ドル。1ドル=100円で強引に計算すると、バドの月給は約34万円。3年目にしては、なかなか稼いでいる。

そして85ドルというアパートの家賃である。この計算でいくと、85ドル×8倍×100=6万8000円。東京都内の安めのワンルームという感じか。もしバドの給料を20万円台後半に設定するなら、さらに安くて6万円以下である。「賃貸の家賃は給料の3分の1まで」という現代日本の感覚からすると、バドは家賃をきっかり5分の1に押さえているので、さぞや慎ましい暮らしを……と思ったら、これが大間違い!

バドの部屋が画面に映ると、仰天する。リビング、ベッドルーム、キッチンで構成された広~い2K。リビングは少なくとも15畳以上、ベッドルームも5、6畳はありそうだ。専有面積は狭く見積もっても50平米は下らないだろう。

家具や電化製品の充実ぶりも申し分ない。いい感じのソファにチェスト、椅子、最新のテレビや高級レコードプレーヤーが誇らしげに鎮座している。冷蔵庫をはじめとしたモダンなキッチン用品、立派なベッドも目を引く。

職場(ニューヨーク)の通勤圏内、しかもお偉いさんがたびたび利用するような好立地の超広い2Kに、月6万8000円で住めるというのは、今の日本人の感覚からすると、かなり驚きだ。

しかも、劇中でのバドの描かれ方は、完全に「うだつの上がらない社員」だ。そのうえ彼の部屋は、会社の交換手のお局女性社員から、「安アパート」と馬鹿にされている。これが安アパートなら、普通のアパートは一体どれだけ豪華なのやら……

うだつのあがらない3年目の社員が、月給の5分の1の賃料で極上物件に住むことができる。国の経済が超ノリノリというのは、こういう状態を指す。我々は、大雪程度で投票を面倒臭がっている場合ではないのだ。

[Photo by takomabibelot

『アパートの鍵貸します』(1960年・米)
監督:ビリー・ワイルダー
出演:ジャック・レモン、シャーリー・マクレーン

 


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稲田 豊史
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD雑誌編集長、書籍編集者を経てフリー。主な分野は映画、お笑い、ポップカルチャー。編集担当書籍に「団地団 ~ベランダから見渡す映画論~」「人生で大切なことは全部フジテレビで学んだ」「全方位型お笑いマガジン コメ旬」「『おもしろい』映画と『つまらない』映画の見分け方」「『ぴあ』の時代」「成熟という檻 『魔法少女まどか☆マギカ』論」「特撮ヒーロー番組のつくりかた」などがある。URL

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