物語のなかの集合住宅:第6回『レオン』――集合住宅が生んだ萌え美少女

 

ニューヨーク、リトルイタリーの孤独な殺し屋レオンと、アパートで隣の部屋に住む12歳の少女マチルダとの共同生活を描いたバイオレンス&ラブストーリー、それが『レオン』だ。日本公開は1995年3月。20年近く前の映画である。

30代の文化系男子に石を投げれば、たいてい『レオン』好きに当たる――と言われるほど、日本における本作の人気は根強い。それはひとえに、家族を惨殺されて復讐に燃えるマチルダを演じたナタリー・ポートマンの、文化系男子のツボを突きまくった美少女ぶりによるものだろう。その実態は、90年代以降のオタク文化で名を馳せた「萌え」要素のオンパレードにほかならない。

マチルダはこんな女の子だ。目が大きな黒髪ボブ。ロリータ臭漂う、やせっぽっちでぺったんこの胸。生意気で大人みたいな口をきくが、孤独なレオンのことだけは激しく愛してくれるツンデレ属性の持ち主。黒いチョーカー、大きなウサギのぬいぐるみといった萌えアイテムも携えつつ、“美少女が復讐のために銃器をいじる”というつとめてアニメ的な設定にも、ぐっとくる。

そんなマチルダの魅力を観客へ伝えるのに、アパートという舞台はうってつけだった。

2人が共同生活をはじめるきっかけとなった、レオンがマチルダをかくまうくだり。麻薬密売人であるマチルダの父親と家族が悪徳麻薬捜査官一味に惨殺されたとき、彼女はたまたま、レオンの牛乳を買いに出掛けていた。戻ってくると、開けはなされたドアから見える自宅内は惨殺劇が繰り広げられた直後。しかも、現場にはまだ一味がうろうろしている。もし自分も家族のひとりだとバレたら殺される!

マチルダはとっさの判断で自分の部屋の前を通りすぎ、廊下の突きあたりにあるレオンの部屋のドアベルを鳴らす。背後には、訝しげにマチルダを一瞥する犯人グループの見張り男。覗き穴からマチルダを見て、ドアを開けるかどうか迷うレオン。一匹狼の殺し屋が、面倒に巻き込まれるのは絶対に避けなければならない。「中に入れて、お願い……」。恐怖におびえ、泣きながら声を押し殺し、神にすがるようにベルを鳴らし続けるマチルダ。公開当時に青少年だった観客は、胸を締めつけられるような気分になった。「この無力な少女を、この俺が救ってやるんだぁぁぁ」。そう叫び出したくてたまらない!

ついに犯人がマチルダに近寄ろうとしたとき、レオンは意を決してドアを開ける。レオンの部屋を通過してきた神々しい陽光が、マチルダの顔を照らす。絶望の淵から一転、捨てられた子猫がミルクを恵んでもらったかのような表情をするマチルダ。この瞬間、客席の青少年たちは全員メロメロになった。

このシーンは集合住宅でしか成立しない。アパート内廊下という閉鎖空間で逃げ場がないからこそ、マチルダは隣人のレオンにしか頼ることができないのだ。ドアが開いて陽光がマチルダの顔に射す演出も同様で、もしレオンの家が一軒家だとしたら、ドア内よりドア外(屋外)のほうが明るいので、訪ねてきたマチルダの顔が聖なる光で照らされることはない。

このように、マチルダの魅力は集合住宅たるアパートの構造によって最大の効果をもって引き出された。

マチルダの秀逸な萌え属性が、その後のジャパニーズ・オタクカルチャーに与えたインパクトは少なくない。本作が日本公開された1995年以降、特にコミック、アニメ、PCゲーム、ライトノベルといった作品群において、「孤独で寡黙なアウトローの男が、ひょんなことから命を救った訳ありの美少女と奇妙な同居生活→疑似恋愛関係を結ぶ」という設定やそのアレンジ版が、雨後のタケノコのように量産されたからだ。

『レオン』日本公開の約半年後である1995年10月、その後の国内アニメ業界を長きにわたって牽引・君臨する美少女キャラの歴史的アイコンにして絶対的エースが登場する。その名は綾波レイ。『新世紀エヴァンゲリオン』に登場するミステリアスなヒロインで、主人公の中学生・碇シンジの母親の魂を宿している少女だ。そして、その綾波の住んでいるのが、集合住宅の典型たる“団地”なのは実に興味深い。90年代の2大萌え美少女は、いずれも集合住宅から生まれたのだ。

ちなみに、当時2人の美少女に心酔した青少年たちの多くは、それから10余年を経て、世の女性から「草食系男子」などと微妙にバカにされはじめる。そりゃ当然だ。彼らが同年代の女性に性的なアクションを取らないかどうかはさておき、12歳の女の子と疑似恋人関係を結ぶオッサンや、見た目同い年のクラスメート女子に母親を見いだして甘えたりする中学生男子など、ひとことで言えば……キモい、のである。

[Photo by Natasha Mileshina

『レオン』(1994年・仏/米)
監督:リュック・ベッソン
出演:ジャン・レノ、ナタリー・ポートマン、ゲイリー・オールドマン

 


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稲田 豊史
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD雑誌編集長、書籍編集者を経てフリー。主な分野は映画、お笑い、ポップカルチャー。編集担当書籍に「団地団 ~ベランダから見渡す映画論~」「人生で大切なことは全部フジテレビで学んだ」「全方位型お笑いマガジン コメ旬」「『おもしろい』映画と『つまらない』映画の見分け方」「『ぴあ』の時代」「成熟という檻 『魔法少女まどか☆マギカ』論」「特撮ヒーロー番組のつくりかた」などがある。URL

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