物語のなかの集合住宅:第18回『ドラゴン・タトゥーの女』――「あなたは死なないわ。私が守るもの」

 

原作は、スウェーデン人作家が書いた世界的ベストセラーの推理小説。その三部作の1本目をハリウッドでリメイクしたのが本作だ。主人公は訴訟に負けて全財産を失った中年ジャーナリストのミカエル。彼は大物実業家一族の当主ヘンリックから、40年前に16歳で失踪した少女ハリエットについて真相を調査してほしいという依頼を受ける。ハリエットはヘンリックのひ孫であり、彼女の失踪には一族が関わっている可能性があるのだ――。

……というのが教科書的な作品紹介だが、今回、誰か犯人かということはさして重要ではない(謎解きものとしては、まあ普通である)。注目すべきは、ミカエルと協力して調査に挑む、彼の娘ほども歳の離れたヒロイン、リスベットだ。

リスベットの見た目は強烈だ。黒髪のソフトモヒカンで前髪は異常に短く、目の周りはアヴリル・ラヴィーン系のパンダメイク。鼻ピアスに眉毛ピアス。首には蜂の、背中には龍のタトゥーが彫られている。痩せぎすで顔色は真っ白。ゆるふわのカケラもない革ジャケに革パン。ゴスパンクファッションの極みである。にもかかわらず、調査員としての能力は卓越しており、天才的なハッカーでもあるのだ。

映画ではたびたび彼女の住むアパートの部屋が登場するが、徹底して人の温もりを感じさせない殺伐さに満ちている。陽の光が入らず、室内は青白い。電子レンジ食品とタバコと灰皿が無造作に並べられ、パソコンの液晶画面が暗闇にギークな存在感を放っている。

リスベットはかつて、家庭内暴力をふるう父親の殺害を企てて精神病院に隔離されていた。その心の傷から、今でも常に愛想がなく、無表情で悲しみを押し殺したような表情をたたえている。部屋の殺伐さは、リスベットの傷んだ内面の象徴なのだ。

部屋の殺伐さが住人のパーソナリティを表しているうってつけの好例が、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(95〜96年放映)のヒロイン、綾波レイである。彼女はリスベットと同じく、集合住宅(団地)の無味乾燥な部屋に住んでおり、愛想がなく、感情の起伏に乏しく、心身ともに不健康である。

『ドラゴン・タトゥーの女』は、物語が進むと、おおかたの予想通りミカエルとリスベットが「男と女」として接近していく。しかしその関係性はいびつ極まりない。なぜなら、リスベットにとってミカエルは「自分が庇護すべき弱い者」であり、ミカエルにとってリスベットは「自分のことをなんでも理解してくれる保護者」だからだ。

たとえば、長らく心を閉ざしていたリスベットは物語後半、あるシチュエーションでいきなり欲情し、裸でミカエルに迫るという大胆行動に出る。そのシチュエーションとは、頭に怪我を負ったミカエルの傷口を自らの手で縫合した直後、というもの(すごいスイッチの入り方だ)。この後もリスベットは、なぶり殺されそうな瀕死のミカエルを危機一髪で救ったり、ミカエルに内緒で敵を巧妙に排除したりもする。彼女とっては、ミカエルの「命」を握っているという自負こそが、すべての行動原理なのだ。

一方、妻子も年季の入った浮気相手もいるミカエルがリスベットを調査員として雇った際の決め台詞は、「君は誰よりも僕を知っている」だった。リスベットは以前、別の依頼者の命でミカエルの身辺を違法な手段で徹底的に調べあげており、その内容はプライベートのかなり細かいところにまで及んでいた。ミカエルはそんな彼女に嫌悪感を抱くどころか、「僕のコト、そんなにたくさん知ってくれてるんだ! 嬉しい!」(筆者意訳)とまで感じていたわけだ。

ふたりの関係がいったい何かと言えば、ずばり「母親と幼い息子」である。母(リスベット)は息子(ミカエル)を庇護すべき対象として愛情を注ぎ、息子(ミカエル)は母(リスベット)を「自分のことをすべて理解している絶対的な味方にして保護者」として甘えまくる。ふたりの年齢が完全に逆転しているが、それは関係ない。

実は『エヴァ』の綾波レイと同級生の主人公・碇シンジも「母―息子」関係だが、それは当たり前。レイは14歳の見た目だが、シンジの母親の魂が宿された人造人間なのだ。ゆえにシンジはレイが醸し出す母性に心からの安寧を抱いてしまう。レイもシンジに対して「あなたは死なないわ。私が守るもの」などというセリフを吐き、母親としての庇護欲を隠さない。

『ドラゴン・タトゥーの女』のラストでミカエルとリスベットは男女として結ばれない。失踪事件は無事解決したのに、まさかの後味の悪さである。また、シンジはレイにさんざん心を惑わされた挙句、文字通り世界の終わりの引き金を引いてしまう。「母―息子」関係を恋愛と勘違いすると、ろくなことが起きないのだ。

ここまで読んだ男性諸氏は、くれぐれも「ゴスパンクのメンヘラ女子にも、母親の魂が憑依した同級生にも縁がないから自分は無関係」などと笑い飛ばすなかれ。筆者の知り合いのバツイチ女性は、離婚した理由についてこんなことを言っていた。

旦那が、「夕飯はおいしいものが食べたい」って言うから、「たとえば何?」って返したら、超不機嫌になったのよ。「なんで俺の好物を把握してないの?」だってさ。私の好物なんてひとつも言えないくせに。私はあんたの母親じゃないっつーの!

 

『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年・アメリカ)
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ダニエル・クレイグ、ルーニー・マーラ

 


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稲田 豊史
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD雑誌編集長、書籍編集者を経てフリー。主な分野は映画、お笑い、ポップカルチャー。編集担当書籍に「団地団 ~ベランダから見渡す映画論~」「人生で大切なことは全部フジテレビで学んだ」「全方位型お笑いマガジン コメ旬」「『おもしろい』映画と『つまらない』映画の見分け方」「『ぴあ』の時代」「成熟という檻 『魔法少女まどか☆マギカ』論」「特撮ヒーロー番組のつくりかた」などがある。URL

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