物語のなかの集合住宅:第11回『聖☆おにいさん』――快適と豊かさ

 

ブッダとイエスが下界にバカンスに訪れ、風呂なしアパートで質素に同居する姿を描いたほのぼのコメディーマンガ。それが『聖☆おにいさん』だ。聖書や仏教に関する逸話を元ネタにしたマニアックギャグを理解するには、キリスト教や仏教に関する知識がそれなりに必要。しかしそれさえクリアすれば、それぞれの聖人にゆかりある著名な弟子、神や天使や悪魔たちがポロリと漏らす宗教上の名言には、爆笑に次ぐ爆笑が約束される。

では例によって、作中の情報から、ブッダとイエスが住む部屋の物件概要と、彼らの懐具合を整理してみよう。

  • 間取りは和室一間、キッチン、トイレ、洗面所付きの1Kで風呂なし
  • 木造2階建てアパートの2階
  • 最寄り駅は新宿から快速で40分程度のJR立川駅(東京都立川市)。アパートは駅から徒歩圏内
  • 家賃は月4万円程度
  • 毎月、2人分の家賃込み生活費26万円が天界(!)から振り込まれている

家賃込み生活費26万円というのは実に興味深い。これを多いとするか少ないとするかは人によって意見が異なるだろうが、家賃4万円の風呂なしアパートに、成人男性ふたりがルームシェアしなければならないほど低い金額ではあるまい。ちょっと調べてみると、立川駅周辺なら、風呂付き2DK でも徒歩10分圏内で6万円くらいからある。7~8万も出せばもっと駅近が狙えそうだ。なぜ彼らはそうしなかったのだろう。

当たり前だが、家賃を節約すれば家賃以外の生活費を多めに設定できる。6万円でなく4万円の部屋に住めば、2万円分、余計に生活費にあてられるわけだ。ただ彼らの生活はどう見てもつつましい。特にブッダはかなりの倹約家で、スーパーの特売に飛びつき、イエスが変な買い物をすると怒りを露わにする。二人がバイトをする描写もある。

彼らが浮いたお金で何をしているか。そう、文字通り「バカンス」だ。普段は質素な生活をしている反面、ときどき意外と遊んでいるのである。ふたりして遊園地ではしゃぎ、銭湯で知り合ったヤクザの友人家族とバーベキューを楽しみ、弟子たちを呼んで公園で花見に興じ、沖縄へリゾートに行く。時には欲望に負け、高価なものを通販で買ってしまったりもする。

ふたりはとても幸せそうだ。それは10巻まで刊行されている単行本の表紙をちょっと見るだけでも一目瞭然。表紙はすべてふたりのツーショット、どの巻でも40年連れ添った老夫婦のような、穏やかで恍惚とした表情を浮かべている。

聖人ふたりは、「快適」を少しだけ放棄し、代わりに「豊かさ」を買った。その取引額が2万円だったのだ。彼らの表情を見るに、これは大変にお買い得な掘り出し物だったはずである。

都心から1分でも近い最寄り駅。駅から10秒でも近い立地。1年でも築浅。1㎡でも広い間取り。そういったある種の快適さを、極限まで追求する人生もあるだろう。しかし『聖☆おにいさん』は、そうじゃない人生、そうじゃない豊かさもあるんだということを教えてくれる。イエス風に言うと「汝、快適と豊かさは違うと知れ」的な。

ただ、その豊かさを享受するためには、イエスにとってのブッダ、ブッダにとってのイエスのような、かけがえのないパートナーが必要だ。部屋自体に不足する快適さは、好ましい同居人という存在によって埋めなければならない。ブッダ風に言うと「一生をあばら屋ですごそうとも、善き伴侶をめとれば人生は千金に満ちる」的な。

まあ、そんなジャストフィットな伴侶がそうそう見つからないからこそ、人は人生に迷って宗教に……っていうか、ブッダやイエスにすがるわけなんですが。取りあえず次の週末には、文字通り「聖地巡礼」に立川へGO!

 

[Photo by petitshoo
『聖(セイント)☆おにいさん』
中村光・作

 


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稲田 豊史
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD雑誌編集長、書籍編集者を経てフリー。主な分野は映画、お笑い、ポップカルチャー。編集担当書籍に「団地団 ~ベランダから見渡す映画論~」「人生で大切なことは全部フジテレビで学んだ」「全方位型お笑いマガジン コメ旬」「『おもしろい』映画と『つまらない』映画の見分け方」「『ぴあ』の時代」「成熟という檻 『魔法少女まどか☆マギカ』論」「特撮ヒーロー番組のつくりかた」などがある。URL

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