物語のなかの集合住宅:第1回『アメリ』――1997年のアパルトマン

 

 断言しよう。現在20代から40代の文化系女子で、映画『アメリ』に少しも影響を受けなかった者はいない、と。

 本作はパリ、モンマルトルのアパルトマン(家具付きの賃貸集合住宅)に住む空想好きの23歳女子・アメリが、ああだこうだと隣人にお節介を焼きながら、やがて彼らを幸せにして、自分も成長する話。特に主役アメリの女子人気は絶大で、黒髪オカッパのルック、抜群のインテリア&ファッションセンス、好奇心旺盛で行動派の性格――これらすべてが、2001年公開当時にアメリと同世代だった20代前半女子±10歳世代のハートをわしづかみにした。

 当時、クレームブリュレの表面をスプーンで割るアメリの所作をまねしなかった女子はいなかったはず(断言)。アメリは彼女たちにとって最強のロールモデルであり、崇拝の対象であり、神なのである。

 そんな本作の時代設定はなぜか「1997年」。なぜわざわざ、たった4年だけ遡ったのだろうか?

 実は、この4年で爆発的に普及したものがある。インターネットと携帯電話だ。思い出してみてほしい。1997年にもこの2つは存在していたが、まだギリギリ「周囲の全員が使っている」状況ではなかったはずだ。

 『アメリ』という作品にこの2アイテムはまったく登場しない。なぜなら、これらが登場すると、映画がぶち壊しになるからだ。アメリが謎にぶち当たった時はGoogleに頼るのではなく、人に聞いて回る。誰かに連絡する手段は「部屋に直接訪ねて行く」か「集合場所と時間を紙で渡す」。要は、人との直接接触がドラマを生み出しているのである。

 そして、その直接接触がもっとも発生しやすいのが、集合住宅という住宅形式だ。共用の通路や階段で呼び止める。帰宅時にドアをノックする。中庭越しに窓から見える住人の様子に心が揺れる――。じっさい物語は、5年も同じアパルトマンに住んでいるアメリが、まともに話したことのない住人に、とあることを直接聞きに訪ねて行くことで駆動する。

 人と会わないでも調べものができるインターネットや、「不在だから連絡できない」ことには絶対ならない携帯電話がもし存在したら、『アメリ』の物語は始まらない。1997年とは、ネットや携帯が画面に登場しなくても不自然にならない、ギリギリ最後の年だったのである。

 時は現在。では、アメリがアパルトマンで繰り広げた、あの心温まるドラマはもう存在しないのか? 見知らぬ人との直接接触はもう生まれないのか?

 いやいや悲しむなかれ。2011年の東日本大震災後、都内を中心に大小さまざまな反原発デモが起こったのは記憶に新しいだろう。このデモが、それまでの平和デモともっとも違っていた点をご存知だろうか。そう、20代から40代の女性参加者が、日本のデモ史上まれに見る多さだったのだ。

 モンマルトルのアパルトマンで、見知らぬ隣人の幸せを願い、積極的に行動したアメリのスピリットは、今から12年前、アメリに憧れた女子たちの胸に今も生きている。彼女たちは見知らぬ人たちと手をつなぎ、直接対話し、誰かが幸せになるために行動しているのだから。

『アメリ』(2001年・仏)
監督:ジャン=ピエール・ジュネ
出演:オドレイ・トトゥ、マチュー・カソヴィッツ

[Photo by ClickFlashPhotos / Nicki Varkevisser

 


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稲田 豊史
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD雑誌編集長、書籍編集者を経てフリー。主な分野は映画、お笑い、ポップカルチャー。編集担当書籍に「団地団 ~ベランダから見渡す映画論~」「人生で大切なことは全部フジテレビで学んだ」「全方位型お笑いマガジン コメ旬」「『おもしろい』映画と『つまらない』映画の見分け方」「『ぴあ』の時代」「成熟という檻 『魔法少女まどか☆マギカ』論」「特撮ヒーロー番組のつくりかた」などがある。URL

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