物語のなかの集合住宅:第12回『ローマの休日』――結婚(と離婚)

 

実に60年以上前に制作されたラブストーリーの超古典であり、特に映画が好きでもない人が「モノクロ映画っていいよね」と言い放てるくらいポピュラーかつキャッチーなフィルム、それが『ローマの休日』である。主演・アン王女を演じたオードリー・ヘップバーンは(金髪セクシー系ではなく)、黒髪ショートの清楚系スレンダー美少女として、当時の内気な(≒文化系)日本男子からも絶大な人気をゲット。文化系男子というものの萌え美少女観がここ60年ほとんど変わっていないことを確認できる、滋味に富んだ1本であると言えよう。

ストーリーは単純だ。ローマに親善旅行に来ていた某国の王女・アンが窮屈な毎日を倦み、宿泊先の宮殿を脱走。ローマ市内で特派員をしている新聞記者の男性と出会い、たった1日の休日を楽しむ。

本作でグレゴリー・ペック演じる米国人新聞記者ジョーは、ローマ市街地からさほど離れていない場所に安アパートを借りている。広いベランダ付きのワンルームで、医者に鎮静剤を打たれてふらふらになったアン王女を(当初は王女とは知らずに)泊める場所なのだが、この部屋には何かが足りない。実はキッチンがないのだ。

賃貸物件の間取りや設備には、住人のライフスタイルがモロに反映される。あまり使わない設備が省略されているからだ。湯船につからないなら、洗い場なしのユニットバスで問題ない。家で食事をとらないなら、ダイニングキッチンもキッチンテーブルもなくていい。

もっと極端な話、徒歩30秒の距離に24時間営業のコンビニがあるなら、冷蔵庫はいらない。情報や娯楽がインターネットで事足りるなら、テレビは必要ない。携帯電話があるからと部屋に時計を置かない人も、今では珍しくないだろう。

物語終盤、うっすらお互いに恋心を抱きはじめたジョーとアンは、ローマ市内の観光を終えてこのアパートに帰ってくる。そしてこんな会話をするのだ。ファーストアプローチは……なんとアンからである!

アン「お料理させて」
ジョー「台所がない。食事はいつも外だ」
アン「イヤでしょ?」
ジョー「ままならないのが人生だ」
アン「本当に」

この時点でジョーはアンが王女だということを知っているし、アンは自分が王女だとジョーにバレていることを知っている。しかし二人は確認の会話をしない。「ままならないのが人生だ」は、ジョーだけでなくアンにも当てはまるキツい至言である。

さらにこの直後、アンはこの部屋に台所がないにもかかわらず、再び「お料理したいわ」とつぶやき、こうつなげる。

アン「ただ、人に(料理を)してあげる機会がなくて」
ジョー「では引っ越そうかな、台所付きのところに」
アン「Yes…」

これはもう、Facebookに手料理写真をアップしまくって「でも作りすぎちゃったぁ。ひとりじゃ食べきれなぁい」とアピりつつ、未来の旦那候補が網にかかるのを、手ぐすね引いて待つ女子となんら変わりない。ジョーのこの言葉を引き出したアン、箱入り王女のくせになかなかの策士である。しかし、これで二人は結ばれてめでたしめでたし……にはならないのがミソだ。

ジョー「話がある」
アン「言わないで」

アンはプロボクサー並みの反射神経でひらりとプロポーズを避け、その夜のうちにジョーがアンを宮殿まで車で送り、別れる。おしまい。

この一連の会話が意味するところは大きい。まず、ジョーの今までのシングルライフにおいて、台所は必要のない設備だった。しかし、アンのためならそのライフスタイルを変えてもいいとジョーは提案する。

はっきり言おう。気ままなシングルライフを長らく続けてきた独身貴族の男性が、今までの生活を自ら捨てる決意をするというのは、ものすごいことだ。真冬の朝、ふかふかの布団で猫と一緒にまどろんでいるのに、布団から出て戸外の物置からストーブの灯油を持って来なきゃいけないくらいの辛さ、と言えば(猫を飼っている方には特に)わかっていただけるだろうか?

結婚とは、書類上の契約だけではない。ほとんどの場合において、「共同生活」がセットでついてくる。結婚をすれば、何十年にもわたって自分仕様に快適なチューニングを施したそれぞれのライフスタイルを、完全にそのまま続けることはできないのだ。夜中じゅうネットゲームに興じたり、気ままに思い立って友人と朝まで飲み歩いたりはできない。食事をするタイミングや就寝・起床時間も、相手と合わせる必要がある。

当然ながら、長年親しんだ流儀を変えるのは大変だ。人によっては不快と感じるかもしれない。その不快が臨界点を超えると、晴れて「離婚」となる。離婚までいかなくても、「朝食はパンか米か」、「洗濯物のたたみ方」や、「どれくらいの頻度で掃除機をかけるべきか?」でケンカになる新婚夫婦は世に少なくない。

アンは「Yes…」という曖昧な返事で暗に共同生活(=結婚)をしたいと意思表示をするものの、有言実行には至らない。『ローマの休日』は映画史上最高のラブストーリーと言われているが、実はアンのほうは、「自分のライフスタイル」を最後まで崩そうとしないのである。

つまり我々が誰かと結婚する(そして離婚しない)ためには、オードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックの関係性を越えなければならないのだ。結婚って、ホント大変である。そりゃ、国内の離婚率が3割を超える(←本当です)のも当然だ。

ちなみに、日本でのオードリー・ヘップバーンのファンは熟年世代より上に多いが、数年前から日本では団塊世代の熟年離婚が順調に激増中だそうである。しかもほとんどの場合、離婚は妻から切り出すらしい。そういえばアン王女も、自分から「料理したい」などと言い出しておいて、ジョーの「話がある」を「言わないで」と華麗にかわして去って行った。

60年前も今も、男女関係の主導権は女性側にあるのだ。たぶん。

 

Photo by cobacco

『ローマの休日』(53)
監督:ウィリアム・ワイラー
出演:オードリー・ヘップバーン、グレゴリー・ペック

 


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稲田 豊史
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD雑誌編集長、書籍編集者を経てフリー。主な分野は映画、お笑い、ポップカルチャー。編集担当書籍に「団地団 ~ベランダから見渡す映画論~」「人生で大切なことは全部フジテレビで学んだ」「全方位型お笑いマガジン コメ旬」「『おもしろい』映画と『つまらない』映画の見分け方」「『ぴあ』の時代」「成熟という檻 『魔法少女まどか☆マギカ』論」「特撮ヒーロー番組のつくりかた」などがある。URL

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