物語のなかの集合住宅:第13回『愛の渦』前編――六本木と90年代とフリッパーズ・ギターと

 

都心マンションの一室に集まった男女10人が、裏風俗である「乱交パーティー」に興じる一晩を描く映画――と聞くと、眉をしかめる御仁もいらっしゃるだろう。いやいやどうして、たしかにR-18作品だが、決して単なるエロ映画ではない。原作『愛の渦』は2006年に岸田國士戯曲賞を受賞した舞台作品。人間の建前と本音がヒリヒリと交錯する、会話主体の群像劇である。

本作最大の特徴は、物語の大半が六本木にあるマンションの一室で展開するという点にある。4階建て、メゾネットタイプの低層マンション。3階が風俗店の事務所、内階段で2階と1階に降りることができ、2階が参加者の集うリビング、1階はラブホテルのように淫靡な照明を備えたベッドルーム。そしてこのリビングが、実に、実に90年代的なのだ。

金属と黒を基調にしたソファーまわり。イケイケ感のある虎の敷物。バブルを引きずったバーカウンター。窓からチラリと見える六本木の夜景。というか、そもそも「六本木」という土地自体、かなり90年代的ではないか。本編冒頭、アバンタイトルでかかる音楽も、どことなくヴェルファーレ(六本木に存在したディスコ。94年開店、07年閉店)っぽいディスコサウンドである。

さらに、主人公のニート青年は冒頭、(今どき)電話ボックスから店に電話をする。後に登場する携帯電話はガラケーだ。このあたりも90年代っぽい。

それを踏まえた上で、この映画で描かれるテーマを乱暴にサマリーするなら、こうだ。「乱交パーティーなどという、反社会的・反倫理的な性の解放イベントにおいて、果たして“本気(マジ)の愛”は生まれるのか?」。エロシーンはあくまで隠れ蓑。エッジの効いた人間探求が2時間にわたって展開されるのが、この映画のキモなのである。

たとえばニート青年。彼は参加者のひとりである地味な女子大生を本気(マジ)で好きになってしまう。

いっぽう、カップルで参加した男女の場合、彼氏が彼女に、本気(マジ)で他の男とセックスしてんじゃねえと怒りだす。ここに来たのはただの高度なギャグ(=マジではない)であり、お前はそれがわからなかったのか、と説教するのだ。

さらに参加者のひとりであるフリーターの男は、ニート青年に「(参加者の娘を)好きになってんじゃねえよ!」と「本気(マジ)」になったことに苛立ちを見せる。しかし後になって、キレたのは「高度なギャグ(=マジではなかった)」だったと謝るのだ。他者の本気(マジ)と自分の本気(マジ)をどちらも否定するのである。

なかでも、もっとも印象深いのがこの店の店員だ。演じるのは窪塚洋介。夜が明けてパーティーがお開きになると、あるやりとりの中でこんなセリフを吐く。劇中、最大最高に哲学的で意味深な一言だ。

「ここには、意味ありげでかっけー(格好いい)ことなんか、ないっすから」

この言葉と「90年代」でふと思い出されることがある。90年代前半の邦楽シーンで紛れもないスタープレーヤーだった、小山田圭吾と小沢健二だ。

90年代と言えば、音楽産業がかなりイケイケだった時代。CDは史上空前の売上を記録し、ミリオンヒットが連発した。その中で、いわゆる「小室系サウンド」とは一線を画す、ひとつの音楽的潮流を確立したのが「渋谷系」である。「渋谷系」がなんであるかは適当にググっていただくとして、その渋谷系の中核を担っていたのが、小山田と小沢というわけだ。

ちなみに、渋谷系音楽の発信源のひとつは、渋谷に複数店あったCDショップ・WAVEだが、WAVEの中でもっとも音楽シーンに影響を与えた店舗は、本作の舞台でもある六本木のWAVE(83年開店、99年閉店)である。

小山田と小沢は88年から91年まで、フリッパーズ・ギターというバンドを組んでいた。フリッパーズ・ギターがどんな(すごい)バンドだったかは、まあこれも適当にググっていただくとして、彼らが90年に発表した曲に、こんな歌詞が登場する。

きっと意味なんてないさ でも僕らはいつでも喋り出すのさ

――フリッパーズ・ギター「ビッグ・バッド・ビンゴ」より

フリッパーズ・ギター解散後、小山田と小沢はそれぞれソロ活動を開始(小山田はひとりユニット“コーネリアス”として)。そして93年9月、それぞれがほぼ同時期に出したファーストアルバムに収録された曲で、ふたりは正反対の主張をする。

あらかじめ分かっているさ 意味なんてどこにも無いさ

――コーネリアス「THE SUN IS MY ENEMY 太陽は僕の敵」より

意味なんてもう何もないなんて僕が飛ばしすぎたジョークさ

――小沢健二「ローラースケート・パーク」より

簡単にいえば、小山田はフリッパーズ時代を踏襲し、小沢は真っ向からそれを否定した。フリッパーズ・ギターファンの間ではかなり有名なネタなので、解釈については、それこそ適当にググれば山のように出てくる。

そして、「これ(乱交パーティー)は本気(マジ)じゃない」と無意味性を主張したカップル参加の彼氏とフリーター男は、小山田圭吾に重なる。また、女子大生に本気(マジ)で恋心を抱き、乱交パーティーにすら意味を見出そうとするニート青年は、小沢健二に重なるのである。

後編に続く

 

[Photo by OiMax

『愛の渦』(2014年・日本)
原作・脚本・監督:三浦大輔
出演:池松壮亮、門脇麦、滝藤賢一、中村映里子、新井浩文、三津谷葉子、駒木根隆介、赤澤セリ、榎本時生、信江勇、窪塚洋介、田中哲司

 


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稲田 豊史
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD雑誌編集長、書籍編集者を経てフリー。主な分野は映画、お笑い、ポップカルチャー。編集担当書籍に「団地団 ~ベランダから見渡す映画論~」「人生で大切なことは全部フジテレビで学んだ」「全方位型お笑いマガジン コメ旬」「『おもしろい』映画と『つまらない』映画の見分け方」「『ぴあ』の時代」「成熟という檻 『魔法少女まどか☆マギカ』論」「特撮ヒーロー番組のつくりかた」などがある。URL

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